日式レストラン

男はつらいよ、泣いちゃうよ

「悲しけりゃ、ここでお泣きよ。涙拭くハンカチもあるし。 ・・・ねえマスター、作ってやってよ、涙忘れるカクテル〜・・♪」というのは清水健太郎の"失恋レストラン"。今にして思えば、「そんなレストラン、ありえねえ!」というわけで、本題は"日式レストラン"*1。 そこには、日本人なら誰しも、失恋でなくても泣ける物語がひとつふたつあるという。
90年代に比べ、幾分シェアを落としてきているとはいえ、やはり香港(中国都市部も)では、日本ブランドパワーはスゴイ。信頼性、デザイン、高級感、どの切り口でも消費者の物欲ハートを射抜く神髄力がある。また香港は他のアジアに先んじて、70年代からほぼリアルタイムで日本のアニメや映画などが輸入され人気を博していたので、ブランド信仰力も一朝一夕でない。日本人も香港人も、30代は『ガンダム』を懐かしみ、40代は『マジンガーZ』や『男はつらいよ』を懐かしむ。彼らの息子達も、『ちびまるこちゃん』や『クレヨンしんちゃん』で育っているから、二世代にわたって日本のアニメや芸能文化を共有できるのだ。
そんな日本ブランドにあやかろうと、ここでは不思議な『日本製』が市場にあふれている。商品名や商号をカタカナにしたりするのはまだかわいいとして、数年前までは三菱製の薬やSANYO製のティッシュボックスがあったりした。どう見ても中国製なのに、しっかり「Made in Japan」と刻印されている商品。しかも説明書きも日本語だ。しかも誤字だらけ。こういうのは、欧州や米国ではまずお目にかからない。
そんな香港だから、ブランドとしての日本食の人気も高い。香港人に、「おいしい日本レストランを知っているから、連れて行ってあげよう。」といわれ、黙ってついて行くと、その8割は間違いなく日式レストランだ。テーブルはなんとなくべたべたしているし、食器もどこか濡れている。肝心のメニューには、トンカツやウナギが乗ったラーメンがあり、寿司はマグロではなくサーモンだ。さらに、"日本風カエルの炒め物"とかもあり、思わず身がすくむ。ぼくはカエルが死ぬほどきらいなのだ。
「どうだ、うまいだろう?」そういわれて、「こんなの日本食じゃねえやい!」とはいえず、「ええ、おいしいですね。このこんにゃくのような牛肉。」と答えねばならない。「どうした、食欲ないの?」と聞かれて、「ええ、お昼が遅かったものですから」と、軽くお腹を押さえてみせる。「だったらデザート注文しよう!」そうして出てくるのは、たいてい不思議な色をした雪見だいふくか、冷蔵庫の臭いのする小豆アイスだ。ぼくは空腹をこらえ、お腹が鳴ったりしないよう、腹筋に力を入れる。このとき、「空腹にまずいものなし」はあてはまらない。
みんなと別れた後、たばこに火をつけながら、「帰ったら、お茶漬け食おう・・・」とひと言つぶやいて、タクシーを探すのが正しい日式レストランのシメだ。

  • [ねえマスター・・・]
  • *1:和食レストランは日本人経営者か大将であるのに対し,香港人または他の外国人がこれを模倣してジャパニーズレストランとしたもの. メニューも内装もサービスも香港,または中国風. 日本人は、まず行かない.