【潜入ルポ】海賊版ソフト屋
「あなたは、いわゆる海賊版ソフトを買ったことがありますか?」
ここは香港でもっとも貧民層が多く、治安も悪いと言われる深水歩(しゃむすいぽ)。怪しげな生活用品や衣類を売る屋台が連なり、蛇料理を食べさせる大衆食堂があり、手芸屋がビーズを売る店がある。そして、有名なオタクビル『黄金電脳市場』がある。パソコンマニアやゲーマーであれば、一度は訪れたことがあるのでは?と思う。 PCアクセやOA消耗品が格安で買え、日本で当日発売のゲームソフトも、なぜかここで手に入ったりする。
さらにここには、かつて一斉摘発をうけたはずの『海賊版ソフト業者』が、密かに(といっても、堂々と呼び込みしてますけどね)コピーソフトを売っているのだ。
このビルの入り口から階下に降りると、まっさきに立て看板を持った強面(こわもて)のお兄さんが目に入る。しきりに「ウインドウズソフトいらないかい? PS/2ソフトの最新版もあるよ。」と、声をかけている。そばに、ソフトウエアのパッケージがずらりと並んだ店がある。しかしそれらは、当局の目をくらませるためのダミーだ。
「ソフトとやら、見せてくれないか?」
ぼくはコートの襟を立て(ようと思ったけど、着ていなかったのでシャツで代用)、心なしかうつむき加減のまま、男にそう伝える。
「ついて来な・・」 男に促されるまま、店の奥へ進み、しばらく人気のない通路を横切り、やがてビルの裏口から外へでる。
「あそこだ。」男があごでしゃくった先に、その建物*1があった。
「 階段のぼると仲間がいるから、そいつについて行きな。」
とまあそんなふうに、その海賊ソフト店(というかなんというか・・)まで、怪しい男女に誘導されていきながらたどり着くわけです。 連中(店員とはいえないし・・・)はフロアの要所要所に立っていて、常にケータイで互いに連絡を取り合っている。 やっぱり当局の摘発を用心しているのだろう。だが、彼らが用心すればするほど、こちらもなにやら落ち着かない。
うら寂しいビル内とは裏腹に、その部屋は海賊版ソフトを物色するお客(?)でごった返している。 壁一面に貼られたパッケージ表紙のカラーコピー。 "マイクロソフト"、"マクロメディア"、"アドビ"・・・、"PS/2ソフト"、"ニンテンドー"、まだ香港では上映すらされてもいないハリウッド映画のDVDなどなどが、ずら〜と並んでいる。 それらが一枚どれでも20ドル(280円)。枚数が上がるごとに単価が下がる価格設定になっているようだ。 10万円を超えるソフトも、3900円のソフトも一枚あたりCDなら20ドル、DVDなら30ドルってことだ。いわゆる「量り売り」状態なわけです。開発者の血と汗の結晶も、販売元の涙ぐましいプロモーションも、ソフト会社経営者の夢と希望も、ここではどれも同じ手順とコストで再処理され、等しく二束三文で売りさばかれている。それはなぜかしら、アウシュビッツを彷彿させるものがある。医者も学生も、煙突掃除のオジサンも、ピアノ学校の女教師も、ただユダヤ人という理由だけで虐殺され、髪の毛は絨毯に、脂肪は石けんへと再処理され、それぞれ売られていったかのように・・・、というのはもちろん大げさですけど。 とにかく、そんな強制収容所みたいなところで、これら海賊版は売られている。
ソフトにはすべて番号がふられていて、それを紙片に書き込み、店の外で紙幣を数えている大番頭のようなオジサンに手渡して、整理券と引き替えにお金を払い、15分後に焼き上がったそれらのCDを、さらに別の場所で受け取るというシステムだ。
「あんたもワルだねえ。」
「だんな、それを言うならお互い様でさあ。」ってな具合で取引が成立する。
いうまでもないけど、この取引は違法です。売る方も買う方も見つかれば罰せられます。「強制送還」、「留置場」とまではいかないまでも、相応な額の罰金が課せられます。そのへんのリスクはしっかり胸に刻んだ上で、買う人は買ってください。
善人ぶるわけじゃないけど、あの場所にいると、邪悪な空気に窒息しそうになる。あの部屋にいる全員がそれぞれに放つ「罪悪感」やら「隠密感」やらの暗黙の共犯者的オーラが、あたりの空気をにごらせ(実際にごってるし)、呼吸器や毛穴から体内へじわじわとしみこんでくる感じがする。実際行かれた方は、その感じがわかると思う。
ビルを出るといささかぼんやりした頭で、とりあえず近くのマクドナルドでコーヒーを飲むことにした。それから、ワンチャイまで地下鉄を乗り継いでから、駅前の『電脳中心』のソフトショップで、"シマンテック・インターネット・セキュリティ(正規版)"を買った。
どうしてそんなものを買ったのか(アンチウイルスソフトはすでに持っている)、よくわからないけど、あとになって思えば、現実の社会に戻るための仕切り直しのようなものを、そのとき必要としたのかもしれない。
・・・というほど、たいしたことじゃないんだけど。
『黄金電脳市場』
PCパーツや周辺機器が激安です。 特にCD-RやDVD-Rなどの生メディア、SDやUSBなどの大容量外部メモリは、日本のそれと比較してかなり割安感があります。海賊版ソフトの購入は、リスクを考慮し良心と相談したうえでどうぞ。一見の価値はありますが、これがマヒするとちょっと・・・。
【地下鉄 深水歩駅 D出口正面】
*1:イラ写参照:怪しい男がオモテをうろついていたりと、なにやらダークな雰囲気
