チラシ攻撃

チラシフックをかわそうとするが・・・

毎日がスリリングな香港生活。 ぼーっと歩いていると、いろんな罠が待ち受けているから用心だ。
ヨーロッパの街だと、それは犬のウンコだったりする。雪とか積もってたりすると、視覚で確認できないぶん、踏んでいたことに気がつかずそのまま車に乗ってしまうこともしばしばだ。やがて、足もとのヒーターに暖められ、かぐわしい匂いにしばらくもうろうとすることになる。 冬に交通事故が多いのは、きっとこのせいなのだろう。また、通りを歩いていると、「あ、これは滑り転んだな・・・」と思わせる長く引き延ばされた"ウンコ跡"が随所にみられ、なんとも痛々しい。
思いのほか路上放置ウンコの少ない香港も、街はけっして平穏でいさせてはくれない。恐怖のチラシ配りオバサンが、あなたを狙っているから。
30分香港の街を歩いていて、チラシを差し出された経験のない人は、よほどの田舎ものか、強面(こわもて)のどちらかだろう。 たいていの善男善女は、差し出されるチラシにどう対応するか、瞬時に決断を迫られることになる。 全く無視する人、せっかくだからもらう人、むしろ集めている人・・・さまざまだ。 通りのゴミ箱は、香港善男善女の期待に応えられなかったチラシの残骸でいつもあふれている。
ぼくはたいていのチラシは受け取らないのだけど、たまたま機嫌が良いときには受け取ることもある。 夢見心地の時にはそれに目を通すことだってある。 でも結局のところそういったチラシが生活の役に立ったことが一度もないので、たいていは受け取った数秒後にはゴミ箱のえさになっている。悪いなとは思うけど。
そんなわけで、"チラシおばさん"多発地帯でもある『そごう』付近を歩くときには、心なしか歩調が早くなる。 まるで夜中ひとりで墓場を歩くかのように、「早くこの場から去りたい」気持ちになる。 つい先日もそんな気持ちで、"チラシおばさん"を後ろから追い抜こうとしたそのときだった。そのおばさん、見かけとは想像もつかないほど、軽やかなステップで襲いかかってきた。
一瞬のことだった。そのおばさん、ぼくの姿を視覚の隅に捕らえるやいなや、重心を左にスライドさせ、タメ腰のまま素早く上半身をこちらのほうに回転させる。そしてチラシを持った右フックをまっすぐぼくの胸元めがけて、ぬっと差し出す。
「わぁ! あぶねえ!」
ひるんだぼくはバランスを崩し、倒れそうになる。なんとか体勢を保とうと、何かをつかむがそれは"わら"のように弱々しく、また頼りなかった。 しかし、倒れない。ぼくはこんな公衆の場で、しかもスーツ姿で、ぶざまに倒れたりはしない。
「よくやったぞ、オレ」 「スクワット、やっててよかったなあオレ」ぼくはかろうじて体勢を元に戻すと、何事もなかったようにその場を去ろうとした。しかし・・・「おや?」
ぼくが手に握りしめていたのは、あのおばさんのチラシ・・・。バランスを崩したときにつかんでしまったのはコレだった。
「なんだよ・・、オレの負けじゃねえか・・・」
おばさん、あんた見事だったよ。よほどのことがない限りチラシなんて受け取らないオレだけど、今回だけはおばさんに免じてちゃんと読んであげるぜ。ぼくは、握りしめたチラシを広げ、目を落とす。





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