実弾を激射50発

バンコク射撃ツアー会場

「ダーン! ダーン! ダーン!」
ぼくはいささか力が入りすぎる右手のグリップを左手でしっかりサポートしながら、何発か引き金を引く。
さすがは実弾、その黒い塊は瞬間、挙中で生き物のように身もだえる。飛び出た薬莢が右手首に熱く当たり、硝煙の匂いが鼻先に漂う。
「ベリグゥ、あのマトが人間だったら、今の3発で確実に死んだぞ。」
隣にいたタイ王国陸軍のインストラクターが横に立って言う。そう言われて初めて緊張した。頭部に一発、胸とみぞおちに一発ずつ、直径一センチほどの穴が開いている。人間の形をした黒いシルエット、あれがもし生身の人間だとしたら・・・。

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今朝、目が覚めてみると、あれほどつらかった身体の痛みが嘘のようにひいていた。稲妻のような頭痛も今はない。ベッドをおりてバスルームへと歩くが、足下もふらつかない。まるで生まれ変わったように爽快だ。もらった薬を飲み、たっぷり睡眠をとったのがよかったのだろう。でも、あまりの回復の早さに、「こんなに単純でいいのか?」とも。まるで突然打ち切りが決まった、人気のないTVドラマの展開だ。
たっぷりと朝食をとると、つれあいが「射撃ツアーにいきたい!」という。昨日はぼくの体調のこともあって、きっと退屈していたはずだ。「オモシロそうだね、行ってみるか。」ぼくはさっそく申し込みの電話を入れ、送迎車の待つワールドトレードセンターへ。予定時間よりやや遅れて到着すると、すでに同じツアーなのだろう、3人の中年男も待っていて、おもちゃの拳銃を手でもてあそびながら、詰め所のようなところで拳銃取り扱い説明ビデオを観ていた。30度を超える炎天下にもかかわらずスーツ姿にサングラス、ゴルゴ13ルパン3世にでもなったつもりなのだろう。ツアー送迎のランドクルーザーはさらに20分遅れて到着した。こうしてヘンテコ5人組の射撃ツアーが始まった。
「空いていれば5分で着きますが、渋滞だと1時間半かかることもあります。」ガイドさんは言う。バンコクの渋滞はそれほど深刻だ。ぼくたちは運良く15分ほどで、タイ王国陸軍駐屯所の検問所までたどり着いた。ゲート付近に米M41戦車が誇らしげに飾られていた。ベトナム戦争時代の骨董品だ。
たるんだ腹を揺らしながら迷彩服姿のガイド兵士が、ひととおり拳銃の取り扱いを説明してくれる。自ら手本となり、標的の"氷塊"、"すいか"、"缶コーラ"を45口径ベレッタで見事打ち抜いてみせる。周りから歓声が上がる。無口なゴルゴがサングラスに隠れて笑う。冷房設備のない軍用射撃場、スーツ姿が暑そうだ。それから一人ずつインストラクターがついて実弾射撃だ。38リボルバー、9ミリオートマチック、45口径ベレッタの3種類、各2マガジンずつ、約50発。夢中になって撃ち続ける。あっという間に弾がなくなった。
昔、グアムで日本人新婚カップルが似たような射撃ツアーに参加、新郎がふざけているうちに新婦の顔面に銃弾をぶち込んでしまったという事件を思い出していた。人差し指一本でどんな人間をも殺せるこの黒い塊に、あらためて恐怖を覚えた。
「必要悪」と「正義」が同義語となったアメリカでは、こんなものが一般人でも数百ドルで買える。その結果、年間3万人もの人間がこの銃弾に命を奪われている。過剰防衛による憎しみと悲しみの大量生産、人の性だと片付けるにはあまりにも無情無策だ。

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  • バンコク射撃ツアー:3000バーツ(約一万円)、パンダバスを利用すると200バーツ割引になる。毎日 10:00, 12:00, 14:00, 16:00伊勢丹より発着。 なお、自分が打ち抜いたマト(ボール紙製)と空薬莢は記念に持ち帰れます。 ぼくの場合、マトは迷ったあげく結局ホテルのゴミ箱に捨てました。部屋に持ち帰ってもジャマになりそうだったから。空薬莢は空港で没収されてしまいました。

    本日誌は3月20日にアップされましたが、作成日時に基づき19日に発行日を訂正しました。