カレーの旅

ある日、カレーを食べにインドへ飛ぶ

無類のカレー好きである。

どれくらい好きかというと、ある朝目が覚めて、
「本場インドのカレーが食べてみたいなあ」
と思うがいなや、その日のうちにH.I.Sでボンベイ行きの航空券を買い、翌日インド領事館へビザを申請しに行ったほどだ。
出発直前まで、カレーについての専門書を読みあさったぼくは、読み残した部分を、インド行きの機内で読み続けた。そっちに気を取られすぎるあまり、ボンベイ(今のムンバイ)空港に到着してからようやく、今晩泊まるホテルすら予約してなかったことを思い出す。それから7日後、再び空港へ戻ってくるまで、毎朝、毎昼、毎晩、カレー、カレー、カレーばかり食べた。街灯の少ない夜のボンベイ駅周辺、ぼくは通りに横たわる乞食につまずき、転びそうになりながらも(実際に何人か踏みつけてしまった)、カレーを求めてさまよう。炎天下のボンベイ動物園、辛いサモサをぱくつきながらインド象を眺めた。誰かがそのときのぼくをヒョイっとつまんで、ぎゅっと絞ったなら、黄色いターメリック汁がじゅわっとあふれ出たはずだ。そんな具合に毎日カレーばっかり食べてると、カラダに入ってくるものとカラダから出て行くものが、「まったく同じ」に思えてくる。いや、じっさい「同じ」だったと思う。 街はあいかわらずハエだらけだが、ヤツらもまた、皿に、便器にと、平等に集(たか)る。曼荼羅の世界、カラダが宇宙の一部になった気がした。

帰国してみると、案の定ものすごい腹痛と下痢に襲われた。身体が裏返るほどに、何もかもがトイレに流れていった。7日間貯めた「マイ・インディア」も「マイ・宇宙」も、全部流れた。「もう、カレーはこりごりだあ」 泪と胃液でぐちゃぐちゃになりながら、そう思った。暑さしのぎで入った場末の映画館、そこで観た「カンフー映画」のシーンが、もうろうとする意識の片鱗で、浮かんでは消えた。

ロンドンで暮らした一年足らずの間、機会ある毎に、ぼくはイーリング・ブロードウエィ駅を乗り換え、「ロンドンのインド」、サウスオール(Southall)へと、出かけていった。 インドカレーを食べ、材料のスパイスを買い込むためだ。 この街を歩くイギリス人はほとんど見かけない。街をうろつくのは、全員褐色のインド人やパキスタン人だ。日本人はぼくだけ。「じろじろ見られるかな?」と思うが、彼らはゼンゼン気にもとめない。ぼくは透明人間の気分でカレーマサラを食べ、カルダモンやガラムマサラ、ムング豆を買いあさり、手を鼻をスパイスで染めた。

ポルトガル人って、カレーを食べるんですか?」
香港へ着任したばかりの頃、ぼくを迎え入れてくれた"相棒"にそう訊かれた。初耳だったし、リスボンでもポルトでも、カレー料理なんて見かけなかった。もしあれば、ぼくの鼻がきき逃すはずがない。
質問の根拠は「マカオ」だった。そこのポルトガル料理店では、各種カレー料理がサーブされる。そこのチキンカレーはしかし、半分しか食べられなかった。歴史をさかのぼって大航海時代に、ポルトガル人によってこの地へスパイスが持ち込まれたのだろう。日本には「キリスト教」と「鉄砲」を、マカオには「カレー*1」と「植民統治」を、彼らは持ち込んだ。かつて、スペインとの間に交わされたトリデシャス条約。日本では豊臣秀吉が天下統一をなした頃、こうして世界を仲良く「はんぶんこ」するほどに超大国だったポルトガルは、「カレーと異教」を置きみやげに、アジアから金・銀・財宝を巻き上げた。それにしても、このカレーはまずすぎる。「財宝返せ、謝罪しろ!」と、中国人はなぜポルトガル旗を燃やさない?


「インド人はカレーを食べない」
それは正しくもあり間違いでもある。インド人にとって「カレー」とは、日本人にとっての「ご飯」だ。 「ご飯」が「ライス」だけの意味でなく食事そのものを言い表すように、インド人の「カレー」もまた、彼らの「食事」そのものだと、ぼくは思う。

"カレー"&"ゴハン"。
言い得て妙なこのふたつの食べ物は、世界と歴史を巡りに巡って、今この食卓に融合してみせる。



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▼ インドの神様、『ガネーシャ』の置物

1995年、ロンドンのサウスオールで、ぼくの「独立」を記念して購入。ガネーシャはゾウをモチーフとした、商売繁盛の神様。 あれから、「イギリス→ドイツ→香港」と、ぼくと共に移り住む。 引っ越しの度に腕がとれ、頭部が欠けながらも、いまなお机の上で、「ぼくが飢え死にしないよう」見守り続ける。

▼ 速報 「なおきん」地元週刊誌に登場
 
こないだの日誌でお知らせしたやつです。 電話中、ケリーが「ドサッ」とコレをデスクに投げ置き、「にかっ」とウインク。おそるおそる、ポストイットの部分を開いてみると・・・・。
「マリリンの写真でなくてよかった・・・」 と胸をなで下ろした瞬間、しかし!!! 「なんじゃぁこりゃあ!」 つ、つづきは明日の日誌で、「恐るべし『壹 週刊』、そういうふうにまとめるとは!!(怒)」
【参考 : Next Magazine

*1:正確に言うと、カレーではなく、各種スパイスのこと。カレー粉はヨーロッパに渡って始めてミックススパイスとしてパッケージされた。ドイツでカレーと言えば、"カリーブルスト"いわゆるカレー粉のかかった焼きソーセージ。これはこれで結構イケル