終わらない唄を歌おう、くそったれの世界のため

<前編>からのつづき

「HOT JAM の一件」のおかげで、ぼくらは学校でも有名になっていた。しかもイシイは誰もが認めるイケメンで、ノトは頼もしいアニキぶんとして下級生に広く慕われていた。 イシイと一緒にいるとぼくはイイ引き立て役だったし、たまにおこぼれにも預かることになったが、 しかしイシイは、頑固なほどに「女嫌い」だった。

「オンナは、ジャマじゃけん」

「女とヤル」ことに、全エネルギーを注ぎがちな男子高校生。 そんな野獣動物園の中にあって、イシイは「変わり者」であり、「ローン・ウルフ」だった。 そんな彼の成績は極端だった。 記憶が必要な科目はほとんど落第点のくせに、数学や現国、そして英語はいつもトップクラス。 思えば、彼が試験勉強するところをぼくはついに見なかった。

「暗記するエネルギーがあったら、もっとコレつこうて考えろや」
試験勉強に没頭するぼくの頭をぱしりと叩きながら、イシイはそう言って笑う。 そして親指を立て天井のほうへアゴをしゃくってみせる。イシイは学校でも平気でタバコを吸うので、担任も注意し疲れたのか、「しめしがつかんから、他の生徒が見えないところで吸え」と、屋上への鍵を渡されていた。 彼の後を追って、ぼくは屋上へと階段をのぼる。 そこで彼と並んで貯水槽にもたれかかり、タバコに火をともす。 煙のスジが二本、一度そこでゆらめき漂い、やがて諦めたように澄んだ青い空へとすい込まれていった。

ぼくらのバンドはその後何度か、YAMAHAと競合する「カワイ楽器」と提携する小さなライブハウスに出演した。 回を重ねても、相変わらずぼくのドラムスはドタバタとバランスが悪いし、ノトのベースは開放弦だらけのダウンピッキングだったが、イシイのカリスマギターとマイクなしでも通る声量のおかげで、他のパートをカバーしてまだ余りあった。 広島では珍しいパンクバンド。 そもそも"パンク"という新語はここではまだ定着してはいない。 「横浜銀蝿みたいなやつ?」 そう聞かれるたびに、広島ロック事情の行く末を想い、暗澹たる気分だった。

「オマエ、やっぱプロになるんか?」
ある日いつものように学校の屋上で二人でタバコを吸いながら、ぼくはイシイにそう聞いたことがある。 彼はそれには答えず、
「ココは、わしにはちぃーと狭いけんのう」、と独り言のようにつぶやいた。

"ココ"とは、この学校のことなのか、広島のことなのか、この日本をいうのか、または「この世」すべてということなのか、ぼくは意味が掴めないまま、次のコトバを待った。 しかしイシイは目を閉じ、オレンジ色の空を見上げたままじっと黙して動かない。 赤とんぼが横から「すーっと」滑空してきて、彼の鼻先で空中静止した。 いつまでも目を開こうとしないイシイのその横顔が、なぜかずっと遠くに見えた。

やがて高校時代もあと1ヶ月、受験と重なる消化授業のせいで、教室はすきっ歯のようにがらがらだった。 ぼくはさむさむっとストーブにあたりながら、自習時間をもてあましていた。 イシイは数日前から行方がわからなかった。 ノトも「知らない」という。 「オマエが知らんのに、わしが知っとるわけ、なかろうが」、と別の級友が答える。 確かにその通りだった。 そのくらいイシイには友達が少なかった事実を、ぼくはあらためて知った。

あくびをかみ殺す級友の、その向こうにイシイの席がみえた。 窓ぎわの一番後ろ、霧のような沈黙が漂い、そばの白いカーテンをゆらりと撫でた。

その日の午後、突然ぼくは担任に職員室へ呼ばれた。
いつも陽気なその先生は、今にも崩れそうな神妙な面持ちで瞳がふらふらと焦点を合わせない。 潤んだその目の下でふるえる口元がわずかに開く。


「イシイ・・・、が昨夜、交通事故にあった・・・即死だったそうだ」

こんどはぼくが崩れる番だった。



カーブの多いコトで有名な三坂峠、イシイの運転するバイクは4トントラックに吸い込まれる形で大破していたらしい。 ブレーキの跡がなく、またヘルメットも付けていなかったことで、警察は「自殺」の線で捜査を進めていた。
1982年2月4日午前0:00時頃、イシイは暗いアスファルトに一本の赤い筋を残し、この世から消えた。 余りにも惜しい天才ギタリストの最後。 なぜそこまでして、彼は伝説になりたかったのか!?


葬儀には、ぼくもノトも参列しなかった。
ノトは卒業式にも出ずに、広島を出て行った。
ぼくは卒業式を待って、ロンドンへと旅立った。
バンドは解散する意志もなく消滅し、ぼくはもう二度とバンドはやらないだろうと決心するでもなく、思った。

2週間後ロンドンから戻ってきてすぐに、ぼくはイシイの眠る墓地へと足を運んだ。 手には、ヒースローの免税店で買った「ジャック・ダニエル」と、キングス・ロードで手に入れた「ピストルズのTシャツ」。

イシイの墓を見つけると、ぼくは手にしたジャックのボトルを振り上げ、その墓石めがけて勢いよく叩きつけた。
バッシャーン・・・!!
褐色の液体が飛び散り、跳ね返ったガラスの破片で頬を切る。そのうえを涙がつたう。 狂ったようなバーボンの香りがあたり一面に漂い、鳥が一斉に舞い上がった。
イシイのバイクと正面衝突したトラックのタイヤに挟まっていた、愛用のウォークマン。 ヘッドフォンはその原型すらとどめていなかったという。

ぼくは今でも彼が最後に聴いていた一曲について想う。 けたたましいクラクションとヘッドライトの閃光の中、ヤツがついに聴き終えることのなかったその曲について想う。
「終わりのない唄」がアスファルトの上で粉砕する。

こんなふうに、


ジャック・ダニエルのように。




黙祷・・・






終わらない唄を歌おう
くそったれの世界のため・・・







5日のライブのオープニング曲は、「ホリデイ・イン・ザ・サンセックス・ピストルズ】」を。イシイが愛してやまないお気に入りの一つでもある。




・・・ ぽちっ ・・・・